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Archive for 5月, 2012

改革ながのほかの会派に対し、市から次の事項について協議・報告がありました。

(1) 6月市議会定例会提出議案について

(2)  長野市地域防災計画(案)に対する市民意見の募集について

(3)  新第一庁舎・新市民会館の基本設計の状況について

(4) 今後の選挙における支所期日前投票時間について

(5) 長沼地区の放置産業廃棄物の撤去について

(6) 訴訟の提起について(市営住宅の明渡し及び滞納家賃等請求)

(7)  広島県福山市ホテル火災を踏まえた対応について

(8)  その他

 

  長野市内のブロードバンド対応状況について、長野市情報政策課から説明を受けました。
中山間地全域にブロードバンド環境を整備する計画は、未だに実現されていません。
情報政策課から説明を受ける

情報政策課から説明を受ける

情報政策課資料

情報政策課資料

議長・副議長に公約実現を申し入れ

議長・副議長に公約実現を申し入れ

昨年10月の市議会議長・副議長選挙において、所信表明で述べられた公約を実現するよう、昨年10月31日、改革ながのから議長・祢津栄喜氏及び副議長・高野正晴氏あてに申し入れを行っておりましたが、本日5月29日、再び同じ内容で申し入れを行いました。

 

 

 

[正副議長が示した公約の実現]についての申し入れ事項
1.「地域に出向いた委員会」は、いつ、どのように開催するのか。
2.「地区懇談会」は、いつ、どのように開催するのか。
3.経済団体との懇談会は、いつ、どのように開催するのか。
4.自治基本条例の制定に向け、どのように努力するのか。
5.「議会改革の調査会」はどのように設置するのか。
6.「議会報告会や意見交換会」は、いつ、どのように開催するのか。
7.市役所第一庁舎や長野市民会館建設など8つの大型プロジェクト事業を含めた市政課題の精査はどのように行うか。特に合併特例價の期限延長の際の再精査についてどのように取り組むのか。

5月13日(日)、学校法人 円福学園 認定こども園 円福おひさま保育園竣工式が開催されました。円福幼稚園では長年幼児教育に力を尽くしてこられましたが、近年の幼保一体化の流れや、保育を必要とするため円福幼稚園に通わせたくても叶わなかった保護者の要望を受け、このたびの認定子ども園 円福おひさま保育園開設に踏み切られました。

長野市では、「待機児童はいない」との認識から、新たな保育園をつくるにあたって補助しない方針であり、国は市町村の補助が出ない場合には補助しない方針であるため、補助金なしでの(借金でまかなっての)開設となりました。私もご相談をいただき市当局に働きかけたのですが、結論は変わりませんでした。そんな状況でしたが、園長先生・理事長先生の思いは微塵も揺るがず、一日も早く開園すべく計画を進め、その熱意に賛同された多くの皆様のご尽力・ご援助によりこの日を迎えることが出来ました。


 ↑ 藤本悠起子認定こども園長のご挨拶

設計・建設にあたっても、「理想の園舎」を建てるため、細部にわたってのご検討があり、県外先進園の視察にまでお付き合いいただいた事業者への感謝が述べられました。

今は亡き、先代理事長の藤本幸邦御老師が、お嫁さんである園長先生に対し日頃から、「教育にはお金がかかるのが当たり前なのだから、あなたはお金の心配をしないで立派な子ども達を育ててください。」と仰っていたとのご挨拶には、本当に感動しました。藤本幸邦御老師は、戦後の大変な時期に、上野駅にいた親のない浮浪児を見るに見かねて連れて帰り、自らの子ども同然に育て、後に円福愛育園を開設したほどの人物で、他にもアジアの子ども達を救うべく活動を発展され、「円福寺のおっしゃん」と慕われた方です。

その後、祝賀会が開催され、乾杯の発声をさせていただいたのですが、私自身が円福幼稚園の卒園生であり、「世界につくせ日本人」「世のため人のために働く人材を育てる」との円福の理念を、生真面目な性格なので鵜呑みにして政治家になってしまいました(笑)とのご挨拶をさせていただきました。(本気なのですが、笑いをとれてしまいました…(^^ゞ(笑)。卒園生として後輩に誇ってもらえるような政治活動を続けてまいります。)

円福幼稚園は、かなり希望者が多く、入園が難しいとの話を聞きますが、おひさま保育園は創設したばかりのため、まだ定員に達していないとのことでした(5月13日時点ですので、既に達しているかもしれませんが…(^^ゞ。)。入園御希望の方は、是非、お問い合わせください(^-^)。

幼保一体化、真に幼児教育・保育の充実が実現出来るよう、今後も国に対し働きかけてまいります。長野市の幼児教育・保育に関しても、同様に提言し続けてまいります。また、6月定例会において、保育の充実に関する請願を、全会派賛同で採択出来るよう、現在根回し中です。詳しいご報告は、時期を見てさせていただきます(^-^)。

 
 ↑ 童観音

最終日、朝5時10分集合で一路北京空港へ。本当に、あっという間の訪問でした。せっかく早めに着いたのに、視界不良のため飛行機の出発が2時間ほど遅れ、手持無沙汰だったため空港内をうろうろしましたが、何せ北京空港は広い!足が痛くなってしまいました(^^ゞ(笑)。

羽田空港に到着し、ようやく青い空が見られると楽しみにしていましたが、どうやら黄砂を連れて帰ってしまったようで、羽田の空も霞んでいました…(^^ゞ。

このたびの訪問は、両市の友好関係が今まで以上に進展した有意義なものとなりました。石家庄市の皆さんには、本当に「熱烈歓迎」をしていただき、心から感謝申し上げる次第です。今後も、両市の友好関係進展に、微力ながら力を尽くしてまいります。

私自身にとっても勉強になり、日本・長野市の良さを見直す、いい機会になりました。豊かな自然・細やかな配慮に裏付けられた高い技術力。近年、我が国は自信を失い、「韓国に遅れるな」と声高に叫ぶ方までいますが、どうして日本はいい国です(^-^)。そして長野市は過ごしやすい素晴らしい都市です(^^)v。この日本・長野市の良さを更に発展させ、「子育てするなら長野市が一番」と言われるような市政を目指して、今後も頑張ってまいります(^-^)。

最終日、朝5時10分集合で一路北京空港へ。本当に、あっという間の訪問でした。せっかく早めに着いたのに、視界不良のため飛行機の出発が2時間ほど遅れ、手持無沙汰だったため空港内をうろうろしましたが、何せ北京空港は広い!足が痛くなってしまいました(^^ゞ(笑)。

羽田空港に到着し、ようやく青い空が見られると楽しみにしていましたが、どうやら黄砂を連れて帰ってしまったようで、羽田の空も霞んでいました…(^^ゞ。

このたびの訪問は、両市の友好関係が今まで以上に進展した有意義なものとなりました。石家庄市の皆さんには、本当に「熱烈歓迎」をしていただき、心から感謝申し上げる次第です。今後も、両市の友好関係進展に、微力ながら力を尽くしてまいります。

私自身にとっても勉強になり、日本・長野市の良さを見直す、いい機会になりました。豊かな自然・細やかな配慮に裏付けられた高い技術力、近年、我が国は自信を失い、「韓国に遅れるな」と声高に叫ぶ方までいますが、どうして日本はいい国です(^-^)。そして長野市は過ごしやすい素晴らしい都市です(^^)v。この日本・長野市の良さを更に発展させ、「子育てするなら長野市が一番」と言われるような市政を目指して、今後も頑張ってまいります(^-^)。

第43中学校視察の続きです。

 ← 運動場・・・

 ← 緑育にも力を注いでいるようです


  ↑ 進学先の掲示。北京大学・精華大学といった一流大学に推薦で入学出来るとのこと!

この学校は、元々は石家庄市立中学校だったところへ、企業が参入して現在のエリート教育をするようになったとのことです。学力・体力両面から先進的な取り組みが行われ成果をあげているいる状況は本当に素晴らしいことだと思いますが、私としては、どうしても違和感を覚えざるをえませんでした。授業料が高いそうなので、空気のきれいな地方の山に学園都市を創った方が健康面・情操面でいいのでは、と思いました。小さな子どもを持つ父親としては、スモッグで曇った空気の中で子育てするなどという選択はしかねます。日本においては、放射能問題が生じてしまいましたが、長野市は何とか問題ない状況ですので、青い空・きれいな空気・緑あふれる環境の中で子ども達を育て、充実した教育が行われる市政を実現せねばとの思いを新たにした視察でした。


  ↑ その企業。不動産業を中心に展開する総合商社とのこと。

視察後、外事弁公室主任主催の送別会(昼食会)を開催していただき、帰国のため、一路北京へ向かいました。張主任とは、その場でお別れでしたが、副主任の孟氏・通訳の郭氏には北京空港に到着する最後の最後まで並々ならぬお世話になりました。


  ↑ 郭氏とのツーショット。中国到着後から帰国するまで、本当にお世話になりました。謝謝!

その8に続く

23日、石家庄市最終日の朝、第43中学校を視察しました。副校長に対応していただき、学校の紹介DVDを拝見した後、現場を視察をしました。第43中学校は、別名、石家庄外国語学校で、幼稚園から高校までの一貫教育の中で英語・日本語をはじめとする外国語教育に力を注いでおり、高校の授業を拝見し交流したところ、日本留学経験がある高校3年生がノー原稿で自身の夢を日本語で語っていました。ほとんど訛りのない日本語・堂々とした語り口に感心しました。


  ↑ 長野市教育長と副校長の歓談


  ↑ 立派な校舎がいくつも林立していました


 ↑ 中国の水道水は飲めないとのことで、子ども達のためにミネラルウォーターが
   用意されていました。


  ↑ バスケット用体育館。マイケル・ジョーダンをはじめとする外国の一流選手や
   中国のバスケ選手が壁に貼られていました。


  ↑ 卓球場。流石は中国! 半地下の卓球場、遥かかなたまで台が並んでいました。


  ↑ ボーリング場までありました

その7に続く

22日、石家庄市滞在3日目は、市立民間工芸博物館・正定大仏寺・柏林寺を拝見し、昼食は、日本食のお店をご心配いただきました。

 
  ↑ 日本料理店の入っているビルに熱烈歓迎の電光掲示!

宿泊先の亜太大酒店にも熱烈歓迎の掲示を連日していただいていました。

 ← 亜太大酒店前

日本料理店は三四郎という名前で、部屋にそれぞれ日本の地名が付いていました。大勢でお邪魔したため、いくつかの部屋に分かれましたが、私の部屋は奇しくも「長野」でした(^^)v。ところが、何かちょっと…(笑)。


  ↑ 「長野」が「ながのけん」は、ありですね(^-^)。


  ↑ 「神戸」が「てうべ」になっていました(^^ゞ。


  ↑ 「大阪」が「おおてか」・・・(^^ゞ。

余計なお世話かと思いましたが、同席の皆さんと図って、せっかく訪れた「日本人として」、訂正を提案させていただきました(^^ゞ。メモだけしてもらえればと思っていたところ、重厚なサイン帳を出され、これに書いてくれと言われたため、大ごとのようで困ってしまいました(^^ゞ。もちろん、私の悪筆では、更に意味不明の表現になりかねないので(笑)、議会事務局長にお願いし、書いていただいたのがこちらです ↓

 ↑ 「次にお越しいただくまでに直しておきます」と言われてしまいました(^^ゞ。

夕方は、王大虎常務副市長と王大軍副市長主催の晩餐会が開催されました。石家庄市最後の夜でしたが、宴の〆は例によって主催者側からなされました。招かれた側から中締めを提案する北信流(日本全般でしょうか?)からすると違和感がありますが、主催者が様々な要素を勘案した上で、頃合いを見計らって締められるので合理的かもしれません。

その6に続く

21日、石家庄市滞在2日目は、両市の観光PRから始まりました。石家庄市からは、行政はもちろん、観光事業者や観光専門学校の学生等80名ほどにご参加いただき、本市は、経済懇談会のためだけに訪中いただいた1名以外の訪問団全員49名で参加し、観光コンベンションビューローの滝澤専務や開発公社の徳永専務にご活躍いただき、石家庄市向けのDVDを放映・解説した、わかりやすいアピールの上に、目玉としての「おやき」を、いろは堂の伊藤ご夫妻に作っていただき、日中友好協会の女性陣にもご協力いただきました。石家庄の皆さんに試食してもらえたことにより、「見るだけ」「形だけ」でない、心(お腹?(^^ゞ)に響く観光PRになったのではないか、と思います。

 

その後、張副市長主催の昼食会にお招きいただいた後、午後からは、石家庄市企画館を視察しました。発展を遂げる中国の大都市として、石家庄市も更なる発展に向け、新しく特区を設け、110万人が居住できる都市を整備中です。2020年に再整備が完了した後の石家庄市をイメージしたジオラマは、きらびやか過ぎ、私のような田舎者には別世界のようで逆に実感がわきませんでした…(^^ゞ。(実際に、それだけの発展を遂げているわけですが。)

その後、人民広場に設置されている、長野市からお贈りした「友好の鐘」(善光寺の鐘をイメージした半鐘)を拝見し、ホテルに戻って、人民代表大会常務委員会副主任との会見・晩餐会に出席しました。日中友好協会会長の山根氏によると、人大主催の晩餐会が催されたのは初めてとのことで、山根会長の感動ぶりは、両市の友好が更に進んだことを参加者に知らしめました!

 ← 友好の鐘

その5に続く

注:ブログ記事は、必ずしも会派を代表する意見ではありません。